■ DNA の生存本能で、
『損得』 について考えてみる (1/2)








じゃあ、まずは、

『 得 と 損 』 について
考えてみようか?


ふき、あんただったら、
「得と損」 って言われたら、
何が思い浮かぶ?





うーん…

やっぱり 『買い物』 かなぁ。

良いものを安く買えると、
「得した!」 って うれしくなる
し、

高いお金出して買ったものが
ヘボかったりすると、
「損した…」 って、ショックを受ける
よ…





ふきくん が そのように
お感じになるのは、

買い物において、『ご自分の お金』 を
使うからでしょうね。

ご存知のとおり、資本主義社会で
暮らす人々にとっては、

自分の持っているお金の大小は、
そのまま、自分の生存確率の大小に
直結しやすくなっています。



つまり、「お金を使う」 ということは、
自分の生存確率を下げるという
リスクを ともなっている
わけです。





そんなふうに言われると、

今度から買い物をするときに、
緊張しちゃいそうだなぁ…





と、ふき は 苦笑しました。





もちろん、買い物における
リスク (支払い) は、

単なる 「一方的なリスク」
ではありません。

お金を払うことで、
代わりに 「食べ物」 や 「品物」 を
手に入れており…



その 食べ物・品物 は、当然、

ふきくん の 日々の生存確率を
向上させるために活用されている

わけですから。





うーん…

ということは、買い物には、
「完全な損」 ってものは、
存在しないのかな…?


じゃあ、僕が 買い物の中で感じてる
「得した、損した」って気持ち
は、

どこから生まれているんだろう…??





考えこんでいる ふき の 代わりに、

かみね が、こんなことを言いました。




購入したものが、

ふきさん が 期待していたよりも
良かった場合は 「得」
に…

悪かった場合は 「損」 に、
感じるのではないでしょうか?





そうだ、『期待』!


たしかに、買い物をしているときには、
いつもなにか、ちょっとしたワクワク感…

「期待」 が、常にあるように、
ふき も 感じます。




かみねさん の
おっしゃられる通りですね。

払ったお金(リスク) と
得た品物(リターン) を
天秤にかけた
とき、

リスクのほうが大きければ
「損した」
と感じ、

リターンのほうが大きければ
「得した」
と感じるわけです。





ふき は、自分が買い物を
していたときのことを振り返り、

思い当たる経験が
いくつもあったことを
思い出しました。





ただ、ここで忘れては
いけないのは、

この場合の 「リスク」 や
「リターン」 というものは、

あくまで
『主観』 だという点です。





『主観』…?





「自分の感じ方」 ってことよ?

「人それぞれ」 って やつだね。





そういえば、聞いたことがあります。

「主観」 と 「客観」



主観 は、『 自分なりの 物の見方 』

客観 は、『 自分がどう思うかとは
無関係に存在する、
世の中の事実そのもの 』

の ことだったはずです。




ネック の 説明に うなずいた
ミューラー は…

ここで 何を思ったか、

ちょっと、話の向きを
変えてきたのでした。









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